転職では、成長産業にこだわるべきではありません。
転職で注目すべきは、会社や部署等のもっと細かい単位です。
「成長産業で働けば自分も成長できて、年収アップも期待できる」なんてコメントがありますが、成長産業で働くと自分が成長できるという因果関係はありません。
年収も、伸び盛りの業界にいれば高くなるなんて保証はないです。
「成長業界に行った方がいい」というアドバイスは、「なんとなくそんな気がする」という程度のアドバイスです。
1 成長産業は競争が激しい
業界全体が伸びていても、参入障壁が低く、強力なライバルが多数しのぎを削っている業界で戦うのは大変厳しいです。
それがもしとても儲かるビジネスだったら、利益はやがて急激に減っていきます。強大なライバルがより安価でよりよいサービスを提供し始めるからです。
あのアップルでも、「超儲かるビジネス」で強力なライバル出現により大きくシェアを奪われました。
iPhoneであまりにも儲けたため、韓国サムスンや中国勢がスマホ業界にやってきてシェアは激減しました。
日本ではiPhone帝国が築かれていますが、世界でiPhoneのスマホシェアはかなり低くなっています。
競争は、消費者にとってはいいことです。
競争激化によって、安くていいものが手に入ります。
業界内の会社にとってはきついです。
きつい会社は余剰資金があまりありません。
余剰資金がない会社が高い給料を支払えると思いますか?
競争戦略論の大家であるマイケル E. ポーターはこう言います。
急成長を遂げている業界は常に魅力的である、と思ってしまいがちだが、よくある誤解である。
(マイケル E. ポーター『[新版]競争戦略論I』(ダイヤモンド社、2018年7月)61ページ)
急成長の業界が常にバラ色とは限りません。
そこは属するには良くない業界である可能性もあります。
それなのに常に「成長業界最高!」と信じるのは誤解だということです。
なぜ誤解と言えるのか?
成長業界にはどのような落とし穴があるのでしょうか。
業界が成長すると、パイが大きくなり、各社すべてにチャンスが与えられるので、競争は沈静化する。しかし、急成長によってサプライヤーの影響力が増す可能性もあるし、参入障壁が低ければ、高成長ゆえに新規参入者を呼び込みやすいということにもなる。
新規参入がなくても、顧客の影響力が強く、代替品が魅力的なら、成長率が高くても収益性が保証されるわけではない。事実、急成長しているPC業界などは、近年最も利益の薄い業界になっている。
(同上)
業界全体が成長すれば、業界内でライバル同士激しく戦わなくても良くなります。
牧草地全体が増えているなら、牛を増やしたい牛飼いは、隣の牛飼いの牧草地を奪い取らなくても、他の新しい牧草地を開拓しにいけばいいのです。
ポーターさんが指摘するのは他の要因で急成長業界が苦しい思いをするということです。
まず、サプライヤーの影響力増加。
サプライヤーとは、その業界のプレーヤーに物やサービスを売ってくれる人達です。
自動車製造メーカーにとってのサプライヤーは、部品供給業者です。
ある業界が成長すれば、その成長につれて、サプライヤーの声が大きくなり、高い価格で仕入をせざるを得なくなり、業界で享受できる利益が減ってしまう可能性があります。
自動車部品が値上げされて、その分販売価格に転嫁値上げできなければ、自動車メーカーの取り分は減ります。
次に、新規参入の脅威。
儲かる高成長業界には、「俺も俺も」と新規参入ライバルが多く、競争が激化しがちです。
その次に、顧客の影響力。
高成長産業であっても、その産業から物やサービスを買ってくれる人達の声が大きければ、業界は立場が弱く、利益をあまりあげられません。
最後に、代替品の存在。
レンタルビデオ・DVD産業は、廃れました。
ネットフリックスのようにオンラインでの動画配信という代替サービスが存在したからです。
どれだけ高成長の産業であっても、魅力的な代替品があれば、その代替品に一気に業界ごとやられるかもしれません。
上記のような留意点は、成長業界に限った注意点ではありません。
ここで注意すべきなのは、こうした留意点は、成長業界であっても当てはまることだということです。
衰退業界の中の負け組会社の従業員が安定して高い給料をもらえるなんてことがあるのでしょうか。
2 成長業界でシェアの取れない企業は金がない
ボストン・コンサルティング・グループが開発したかの有名なPPM(Product Portfolio Management)は、成長産業にいる会社がいかに余剰資金がないかを簡単に説明してくれます。
(PPMは)全社的な資源配分を効率的に行うためのツー ルであり、次の3つの仮定が置かれている。
①相対市場シェアが高いほど、キャッシ創造能力が高い
②市場成長率が高いほど、多くのキャッシュを必要とする
③時間の経過とともに市場成長率は低下する
(伊藤邦雄『新・企業価値評価』(日本経済新聞出版社、2014年)148ページ)
成長産業で、高シェアを取れている会社。それは素晴らしい。
それはひとまず置いておくとして、高成長産業でありうる状態、「多くの競合がひしめきあっている状態」を考えてみましょう。
成長産業にいながら、シェアがそれほどない会社を想定します。
これは、PPMの図で言うと「問題児(Problem Child)」と表現されます。
「問題児」(problem child)は、市場成長率が高いにもかかわらず、相対市場シェアが低い事業群である。市場成長率が高いために多額の投資を必要とするが、シェアが低い分他社よりも高コストとなり、あまり多くのキャッシュは生み出さない。ただし、今後の育成しだいで花形に変化する可能性がある。
(伊藤邦雄『新・企業価値評価』(日本経済新聞出版社、2014年)148ページ)
転職する会社員であれば、「市場成長率が高いために多額の投資を必要とするが、シェアが低い分他社よりも高コストとなり、あまり多くのキャッシュは生み出さない」という説明に注意すべきです。
キャッシュ創出能力が乏しければ、高給や年収アップは望めません。
自分が社長なら、会社が日々成長産業で激戦を戦ってる最中に、従業員が「しゃちょ~、ウチはイケイケの産業にいるんで、給料もっと上げてくださいよ~」と言ってきたらひっぱたきたくなるでしょう。
しかし、成長産業転職神話信者は、伊藤教授のただし書部分に重点を置いてこう主張するでしょう。
「今後の育成しだいで花形に変化する可能性がある」のだから、その花形になる過程に入るべきだと。
この主張は、成長産業内の競争を軽くみすぎです。
儲かる業界なら、小さな会社がひしめき合っているところに、グーグルやアマゾンなどの超強力大手がやってきます。クジラがプランクトンを一気にかっさらっていく可能性があります。
そして、PPMのもう1つの仮定も忘れてはいけません。
「時間の経過とともに市場成長率は低下する」のです。
やがてその成長率にはかげりが出てきます。
3 六本木ヒルズ森タワーにオフィスを構えたフィンテック企業の実態と末路
キャッシュレス決済事業を手掛けていたOrigamiを知っていますか?
かつてあったOrigami Payという電子決済サービス提供会社です。
キャッシュレス決済の老舗であり、「〇億の資金調達に成功した有力ベンチャー企業の1つ」として、中途の採用求人情報を私も見たことがあります。
転職エージェントから「オリガミは(転職先として)おすすめ」と言われたこともあります。
注目のフィンテック業界の有力ベンチャー企業というわけです。
本社オフィスは、六本木ヒルズ森タワーにありました。
みんなが知っているキャッシュレス決済という成長産業の有力スタートアップに勤務し、オフィスは六本木ヒルズ。
悪い気はしないでしょう?
しかし、私は「オリガミには応募しない」と言って転職エージェントの推奨を断りました。
「Why?」と転職エージェント(外国人)。
私の理由は簡単です。
「オリガミペイを使える店がほとんどないから」
転職エージェントから勧められたときは、ペイペイ等の競合が猛烈な還元キャンペーンを繰り広げている時でした。
オリガミペイはCMも見ませんし、使える店も雀の涙程度の数しかありません。
オリガミは資金力で圧倒的に不利な状況にあったのは見て取れました。
早めにシェアを取らなければ負けは確定です。だからみんなライバル企業は大盤振る舞いでシェアをなりふり構わず取りにいっていたのです。
オリガミは、はたから見ても、その競争に参加できていなかったのは明らかです。
成長産業にいたからといって、戦える陣容の会社ではなかったのです。
オリガミの2018年12月期の数字を見てみましょう。
- 売上 2億2000万円
- 家賃 3億円
- 営業赤字 25億円
わずかな売上を全て六本木ヒルズ森タワーに支払っても足りなかったのです。
投資家からの出資金を食いつぶす日々です。
この会社で年収アップが望めますかね。
オリガミはメルペイに買収され、そのサービスは消滅することになりました。
ベンチャー企業に行きさえすれば充実するというわけではありません。
4 成長産業にいれば成長できるわけではない
成長産業にいれば、その業界の空気が頭を良くしてくれるとか、背が伸びるとか、そんな効果はありません。
成長産業にいることと、自分が成長することは直接は関係ありません。
あるとしたら間接的ですが、成長業界が自分の成長に関与するメカニズムの説明は聞いたことがありませんし、説得的な説明にはならないと思っています。
何しろ反証が簡単です。
成長産業に属していないが成長している会社。
たくさんあります。
ユニクロやニトリ。
服屋と家具屋。成長産業どころか、衰退産業と言ってもいいくらいです。
しかし、2社は猛烈な勢いで成長しました。
この2社で働くと「大して成長できない」なんて断言できません。
自分の成長は、業界ではなく、自分と、自分のすぐ周りの環境の方が圧倒的に重要です。
5 自分の時間・労力の投資先として成長産業は魅力的とは限らない
ある会社の従業員になることは、自分の人生における大いなる時間と労力をその会社に費やして、給料や経験等を見返りとして得ます。
時間投資といえるでしょう。
投資の観点からして、超大物投資家は、成長産業に目がくらんだ投資はあまり良くないと警鐘を鳴らします。
①ウォーレン・バフェットの師であり、ファンダメンタル投資の父であるベンジャミン・グレアムも成長産業には気を付けろと言っている
企業を綿密に分析して投資することを説いたグレアムは、成長業界に安易に投資することには批判的です。
過去長期間にわたり、投資で成功するための方法とは、まずは将来的に最も成長が見込める業種を選び、次いでそうした業種から最有望な企業を選び出すことであるという考え方が主流であった。例えばかつて、賢い投資家たち―あるいは彼らの賢い投資顧問たち―は、コンピューター業界全体が恐らく将来大きな成長を遂げると考え、なかでもIBMが有力だと考えたことだろう。そして、同様に、有望なその他の業種や企業を挙げていたはずだ。
(ベンジャミン・グレアム、ジェイソン・ツバイク『新賢明なる投資家 上~割安株の見つけ方とバリュー投資を成功させる方法~《改訂版――現代に合わせた注解付き》 (ウィザードブックシリーズ)』(パンローリング、2005年)27ページ)
これは、安易な転職論とほぼ同じですね。成長が見込める業界に入りさえすれば自分も成長できて給料も上がるだろうという思い込みです。
しかし現在では、このやり方はかつてほど容易ではない。
なぜか。
グレアムはこう言います。
あるビジネスが疑う余地なく成長を遂げるであろうとしても、それに投資したからといって利益が約束されるわけではない。
ある成長産業に身を置いたからといって、見返り(成長・給料)が大きいとは限らないのです。
②無成長産業にこそスター企業が現れる
別のスーパースター投資家としてピーター・リンチの言葉を紹介します。フィデリティ証券の伝説のファンドマネジャーです。
多くの人が目立つ成長産業に投資したがるが、私は違う。葬儀屋のような無成長産業が見当たらないときには、プラスチックのナイフやフォークといった低成長産業に投資するのである。そうした分野からこそ大化け株が出てくるからである。
(ピーター・リンチ『ピーター・リンチの株で勝つ―アマの知恵でプロを出し抜け』(ダイヤモンド社、2001年))
前述した、ユニクロやニトリは、低成長産業のなかの大化け企業といえるでしょう。
そして、無成長産業の利点をリンチはこう説きます。
無成長産業でとくに退屈で嫌われるものは、競争の心配がない。他に興味を持つ人がいないのだから、競争相手に対してガードを固める必要もない。
競争がなければ、高いコストをかけて競合と戦う必要がなく、お金が余りやすい。
この利点は、ボストン・コンサルティング・グループのPPMでも説明されています。
相対市場シェアが高く、市場成長率が低い事業は、「金のなる木」(cash cow)と分類される。金のなる木は成長率が低く、追加投資はさほど必要ときれないが、シェアが高いため、他社よりも低コストで生産することができる。そのため、大量のキャッシュを生み出すことができる。
(伊藤邦雄『新・企業価値評価』(日本経済新聞出版社、2014年)148ページ)
「大量のキャッシュを生み出すことができる」とはたまらない状況でしょう。従業員に高い給料を支払うゆとりがあるということです。
だからピーター・リンチは冴えない業界に注目するのです。
私はいつも、さえない業界の素晴らしい企業を探している。コンピューターとか医療技術といった高成長を遂げている業界は、注目されすぎていて競争相手も多いからだ。……投資先として選ぶなら、私は常に、高成長を謳歌している業界よりもさえない業界のほうを選ぶ。さえない業界の成長率は仮にプラスであっても低いだろうが、弱い企業が退出していくため、生き残った企業がその分大きなシェアを握っていく。活気のある市場で小さくなっていくシェアを守るのに汲々としている企業よりも、市場自体は伸び悩んでいるがシェアは大きくなる一方という企業のほうが、実ははるかに儲かるのだ。
(『ピーター・リンチの株の法則—90秒で説明できない会社には手を出すな』(ダイヤモンド社、2015年2月))
③成長性だけを見るのは下策(マイケル E. ポーター)
ポーター教授は、競争に及ぼす要因をよく見ずに成長性だけ見ることは良くないと言っています。
成長性に焦点を絞るのは、悪しき戦略意思決定の大きな一因である。
(マイケル E. ポーター『[新版]競争戦略論I』(ダイヤモンド社、2018年7月)61ページ)
6 「成長業界で手に入る」ものは低成長産業でも手に入る
ネットで「転職 成長業界」で検索したところ、成長業界で働くとこんなメリットがあるそうです。
- 年収アップ
- 年代問わずチャンスがある
- キャリアアップ・スキルアップ
成長産業で働くことが年収アップに直結しないことは前述しました。
若手が活躍できるかは、業界関係なく、会社によります。
また、スキルやキャリアを伸ばすのは、成長業界じゃなければならないことはないですし、成長産業にいる会社の方が優れているとは限りません。
「私は成長したい。だから成長業界に転職しなければならない!」という人は、ハーバート・サイモンの「旅行定理」を肝に銘じるべきです。
旅行定理とは次のことをいいます。
「まともなアメリカ人の大人が外国を旅行して(1年未満)学ぶことのできる知識は、サンディエゴの公立図書館に行けば、どんなことより速く、より安く、より簡単に学べる 。」
成長したいのなら、わざわざ成長産業をえり好みせずとも、現職場や他の成長産業ではないところだってできるでしょう。
なお、ハーバート・サイモンさんはこんな人です。
サイモンは、20世紀の知の巨匠である。彼は20代のときに組織における意思決定論を執筆し、これはすでに古典となっている。サイモンの数多い業績はそればかりではなく、人工知能分野の創設者の1人であり、認知科学の重鎮であり、科学的発見プロセスで多大な影響力を持つ研究者であり、行動経済学の先駆者である。そして、ほんのおまけでノーベル経済学賞を受賞した。
(ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー (下)』(早川書房、2012年11月)12ページ)
7 転職では森を見すぎずに木を見る
転職で成長産業かどうかを重視しすぎるのは賢くありません。
それよりも、どういう会社なのか、どういう部署でどういう人がいてどんな仕事をしているのかを見るべきです。
それこそが日々の自分の仕事に直結する重要情報です。
そうした「木」という詳細情報を分析する際に、背景情報として業界を考えるのはあってしかるべきです。
▼転職先企業の選び方
業界を一切無視しろとは言いません。業界によって儲けは大きく違いますし、カルチャーも違います。
よくないのは、業界だけに注目するあまりに大雑把な判断です。世界経済がどうだとか大きなことばかりに注目して日々の会社の事業をないがしろにする社長なんて最悪でしょう。
具体的で説得的な根拠もなく「転職するなら成長業界が絶対いいですよ!」なんて言ってくる転職エージェントは疑ってかかるべきです。
「どうせ転職するなら成長産業」という思い込みを封じることで、この根拠のない思い込みを信じる他の多くのライバルに1歩差をつけることができます。
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