私は、法律事務所と会社の両方で働いてきましたが、どちらの組織でも同僚や同期に対する妬みは必ず存在しました。
不可避的に人は同期や友人の成功を悔しがり、失敗を喜びます。心の中で。
- 友人が自分より出世すれば、面白くない
- 友人が失敗すれば、やったぜと思う。
「そんなことない」と否定する人もいるかもしれませんが、それは自分の感情を無視しすぎです。
自分を他人と比較し、自分が相対優位になる事情(他人の失敗)は喜び、逆に自分が相対劣位になる事情(他人の成功)は嫌がるのです。
進化の過程で人間の心の中に深く根差した心理であり、無視することはできない感情です。
できもしない聖人君主になろう(「妬みは一切しないぞ!」)としたり、自分の感情に素直な野獣になりさがったり(「私は嫉妬を隠さずエネルギーに変えて生きています」)せず、そうした感情は必ず持つものだと理解してキャリアを築くのがスマートなやり方です。
1 親しい友人の自分に近い分野での成功ほど憎らしい
- 岸田さんが総理大臣になった。
- リオネル・メッシの年収が100億円を超えている。
上記事情につき、岸田総理やメッシのことを日本のサラリーマンが妬むかというと、妬みません。
自分に近い人、ライバルに当たる人、すなわち友達の成功を人は嫌います。
そして、妬むのは自分に近い分野です。
自分が運動大嫌いの数学オタクである場合、友人がオリンピックに出場してもちっとも悔しくありません。仲がよければ素直におめでとうです。
しかし、自分もアスリートであるなら、友人のオリンピック出場は複雑な感情になる可能性があります。
これと同様に、学生時代でもそうですが、社会人になってからも同期や友人への嫉妬は延々と続くのが通常です。
学生であれば、就活では「あいつは○○から内定をもらった」という強烈な嫉妬が芽生えます。
就職難易度ランキングなんかは、学生の嫉妬心が作り上げた結晶のようなものです。
人は、自分に近い人の成功を羨む気持ちを抑えるのに苦労します。
他人が優秀な成績を収めたときよりも、友人が優秀な成績を収めたときのほうがより大きな脅威を感じる……。重要な領域で自分が負けそうなとき、わたしたちは友人をひそかに攻撃しようとする
(ウィリアム フォン・ヒッペル『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略 (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)』(ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年10月)142ページ)
社会人になって働けば、嫌でも同期や友人との比較があります。
たとえば、年収。
年収で嫉妬すれば簡単に惨めな人生を過ごせるで他人との比較で妬むのは避けるべきと説きましたが、進化心理学からするととても難しい。
大きな会社に入れば比較の機会は多く、嫉妬心を抑えるだけで一苦労。そういう環境であるといえます。
では、なぜそのような嫉妬心を人は持つのでしょうか。
2 他人の成功を妬むのは進化の過程(性淘汰)によって生じた
自分にとって重要なことについて、友人が失敗するのを心から願う。
これは「人間についての醜い真実」です(『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか』142ページ)。
人は、どうしてそのような願望をいだくように なっているのか。
これは「性淘汰」によって人の心理の中に築き上げられたものです。
(1) 性淘汰(sexual selection)とは
性淘汰とは、 異性を惹きつける能力を高めるというプロセスを通して起きる進化のことです。
進化論の父チャールズ・ダーウィンが提唱した考え方です。
この考え方は、生物種の生殖能力を重視します。子供を産んで子孫を残せるかというのが生物にとって決定的に重要だということです。
そのベースに依拠し、超長期的に見て、ある生物種の持つ特性は、生殖の成功に役立つものは残り、生殖の成功に対して役立たないものは残らず消え失せるというのが性淘汰の考え方です。
性淘汰は進化において強い影響力を発揮する。異性が不快だと感じる特性があれば、(たとえ生存率を上げるものだとしても)その特性は集団のなかから消える可能性が高くなる。なぜなら、その特定の持ち主は配偶者を見つけることに苦労するからだ。
(ウィリアム フォン・ヒッペル『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略 (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)』(ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年10月)125ページ)
たとえば、ヒッペルは、「超臆病な性格」という男性を例に挙げています。
現代において、臆病な男性はたくさんいますが、超臆病な男性は少数派です。また、それがよい特質ともされていません。
太古の昔、ライオンから逃げていた頃は、超臆病な性格は生き残るのに役にたった可能性があります。ちょっとの物音等の気配でも察知して逃げる能力は極めて重要なものでした。
しかし、その性格は女性にモテるものではありません。
なぜなら、そうした超臆病な男性は、配偶者の女性や子供を守ることが期待できないから。
そうすると、超臆病な男性はモテない。配偶者となってくれる女性を見つけるのに苦労する。
結果、長年を経て、人の中で超臆病な性格の男性は集団の中から減ってゆく。
「そんな進化の話が仕事とどう関係するのか?」とここまで読んで疑問をもってくださった方がおられましたら、ありがとうございます。
そのとおり疑問を持って読むのがよい読解の仕方です。
このようなブログでもそうして疑問を持っていただいて読めるのは見事な能力の持ち主です。
そんな疑問を持った人にも「ふーん」とだけ思って読んだ人にも、以下どうして「性淘汰」の概念が仕事上の嫉妬に関わるか以下説明します。
(2) 性淘汰は社会的な序列や相対的な対人的見方の原動力
人は、他者と比べて自分の力を測ります。
この相対的な見方の裏には、性淘汰の考えがあります。
進化の末に女性は、やさしく、心が広く、おもしろく、キュートで、利口な男性を好むようになった。しかし、たとえどれにも当てはまらなかったとしても、もしわたしがいちばんマシな選択肢だったとしたら、女性たちはわたしを選ぶにちがいない。重要なのは、わたし本人がどれほど利口で魅力的なのかではなく、まわりの男性たちよりも利口で魅力的であるという点だ。
(ウィリアム フォン・ヒッペル『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略 (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)』(ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年10月)136ページ)
性淘汰の考え方(生殖に有利な特質が残る)をベースにして、人は他者との相対的序列の中で生きています。
大切なのは、どんな特性であれ絶対的な水準にはたいした意味がないということだ。より大きな意味をもつのは、集団のほかの関連するメンバーとの比較のほうだ。そのため、人々はつねに社会的比較を行なう。
(同上)
人は、他人と自分を比べて自分の立ち位置を把握します。
「他人」とは誰なのか?
日本の裏側にいるブラジル人は比較対象になりません。
比較する場合、自分に近い要素を持った人が比較対象になります。
自分の社会的地位は高いのか?強いのか、弱いのか?
近くにいる人ほど重要な競争相手となるため、人間はいちばんそばにいる人々と自分を比べ、これらの問いへの答えを出そうとする。
(ウィリアム フォン・ヒッペル『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略 (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)』(ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年10月)137ページ)
(3) 他人の不幸を望む必要のない現代でもまだ残っている思考法
昔々、人は、皆知り合いの小さな集団で生きていた時、集団内の比較や序列は今よりはるかに大事でした。
「あの人は魅力的である」という地位が集団内で確立されれば、その人は配偶者を見つけて子孫を残せる確率が上がったからです。
つまり、ライバルが成功すれば、自分はモテなくなり、危機(子孫を残せない)にさらされる状況に陥る。
でも、都市で生活する現代人にはそんな昔の環境は当てはまりません。
仕事でミスする
▼
ライバルの相対的評価が上がる
▼
ライバルが異性にモテる(自分はモテない)
▼
自分の配偶者現れない
▼
我が家は絶滅する
上記のような極端な因果の流れは現代では生じにくい。
「仕事で失敗した!もう結婚できない!!」と言う人はほぼいないでしょう。
しかし、残念なことに、性淘汰理論に基づく相対的な対人関係の見方は人間の中に根強くそのまま残っています。
したがって、頭の憶測では上記のような因果関係が自動的に発動するという苦しいメカニズムを抱えて人は生きています。
友人が大幅な昇給や宝くじの当選によって大金を手にしたら、彼の幸運によってわたしは不利な状況に陥ることになる。なぜなら、わたしが配偶者を見つけるのがよりむずかしくなるからだ。友人が見事な功績や幸運を手にするまえまで、好きになった女性がわたしを選んでくれる可能性は充分にあったはずだ。しかし友人が以前より魅力的になったいま、彼女がわたしを選ぶ可能性はより低くなる。
(ウィリアム フォン・ヒッペル『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略 (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)』(ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年10月)140ページ)
友人が宝くじに当たっても「私の婚期が遅れる!」という人は現実にはいません。
しかし、友人が宝くじに当選するとか幸福な状態にあると、自分は不幸だと感じます。その裏には、性淘汰に基づく相対的な見方があるからです。
性淘汰によってこのような考え方が人間の精神の奥深くに刻み込まれたため、人の成功を羨む気持ちを抑え込むのは驚くほどむずかしくなった。とくに、近しい関係の人々の成功についてはその傾向が強くなる。
(同上)
ポイントは、現代人の頭の中にも刻み込まれた考え方だということです。
そして、近しい関係の人々の成功について特によく当てはまる。
したがって、仕事での嫉妬や妬みとしてそれが大いによく表れます。
3 仕事や転職では妬みや嫉妬が生じやすい
他人の成功を呪う気持ちは、以下シチュエーションで発動しやすい。
- 自分に近い他人
- 自分にとって重要な分野
赤の他人ではなく、身近なライバルに対して人は嫉妬します。
その嫉妬心は、自分の心理的な作用を覆すほどです。
人は、他人の外見を極めて高く重視します。
イケメン・美人の言うことは、そうでない人よりも尊重されます。そして、より多くの支援が得られます。
外見的に魅力的な人びとは必要なときに援助されやすいことや、聴衆の意見を変化させようとする際に説得力があることが明らかにされています。ここでも、性別に関係なく同じような反応が見られました。
(ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器[第三版] なぜ、人は動かされるのか』(誠信書房、2014年7月))
同性であっても見た目は重視されるのです。
しかし、この「外見重視」のルールを覆す1つの例外があります。
自分のライバルの外見については、魅力的であっても、その外見を重視しないということです。
このルールには例外が一つ考えられます。その魅力的な人物が直接的な競争相手、特に恋敵と目される場合です。
(同上)
これは前述した、魅力的な同性ライバルが登場することによって自分の相対的なモテ度が下がる脅威を感じる相手には魅力を見出さないのです。
自分の優位性を下げるライバルが現れると人は嫉妬モードに入ります。
仕事も、まさにこのシチュエーションにぴったりあてはまります。
学生時代を経て、同年代の友人がいます。
会社に入れば、同期もいます。
比較対象には事欠きません。
心の奥底でみんな自分の序列を考えています。
また、職場では、仕事という「自分にとって重要な分野」でどうしてもライバルとの比較が生じます。
同じ会社であれば特にそう。
違う会社であっても、勤務する会社のブランドや給料、といった重要分野での衝突が起きます。
仕事、転職等でキャリアを歩む上で、妬みが生じるのは避けがたい。
4 妬みや嫉妬への対応策を持ってキャリアを歩む
そんなに妬んだり、嫉妬したりはしたくない。
どうしたらいいのか?
自分の頭脳の都合の悪い部分を洗浄したりして対応することはできません。
「そういうものなんだ」と受け入れるしかない。
心もとない回答かもしれませんが、知ってるのと知らないとでは大違いです。
自分が他人の成功についてどう思うのか、また、自分の成功については他人からどう思われてるのか。
理解をしておくことが大事です。
押さえ込むことはできなくても、その感情と付き合っていくことができます。
「嫉妬や妬みの感情は無視しろ。そんな感情は持つな」というアドバイスは非現実的です。
年収で嫉妬すれば簡単に惨めな人生を過ごせるでは、妬みの感情は最悪であると説きました。
しかし、そうした感情が起きるのを食い止めることはできません。
自分も他人も責められないです。
仕事やキャリア形成では、こうした妬みの感情の発生理由を知り、合理的に対応しましょう。
羨む気持ちが出るのはしょうがない。
でも転職で友人を気にしすぎたりしないこと。
仕事でもライバルの出世を過大視しないこと。
そうした姿勢や合理的な判断がよい結果を生みます。
本記事で紹介した内容は、自分の妬みはしょうがないものなのか、あるいは過剰に他人を羨ましがりすぎなのか、客観的に自分を見つめ直すのに役立つ知識だと思います。
嫉妬や羨望の感情に取りつかれて疲弊する人生にならないよう、自分を労わって楽しい人生を送りましょう。
*参考文献
ウィリアム フォン・ヒッペル『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略 (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)』(ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年10月)
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