「私の市場価値は?」
「転職市場価値を高めたい」
といった「市場価値」という言葉をよく見ます。
本ブログでも「市場価値」という言葉を使っていますが、それっぽくまとめられるという利点があるからであり、あまりよい言葉であるとは思っていません。
スキルに見合った給料を出してもらえること、といった意味で市場価値という言葉を本ブログでは使っています。
転職を考えるにあたっては「市場価値」という謎の言葉を使うべきではありません。
使わない方が適切な思考ができます。
本ブログ記事タイトルの問いに対する答えは「市場価値という言葉を使うべきではない。気にするな」です。
1 市場価値という「いかにもそれらしい」幻想
人は、なんとなくそれっぽい用語が好きみたいです。
イマイチな法務パーソンは、「リスク」や「リーガルリスク」という言葉を乱発し、その中身を明らかにしようとしません。
「市場価値」も同じです。
何となく共通語で、みんな使う。自分で発したことがなくても、なんとなくわかる(気がする)。
一体労働者の「市場価値」とは何なのか。
2 給料=市場価値と考える愚かさ
「給料が市場価値を示す」という意見があります。
この考えは極論であり、誤りです。
仕事ができず、職場で干されていて毎日暇な窓際族の社員がいる。給料がものすごい高い会社なので、給料は2000万円。こんなおじさんの通称は「Windows2000」。
給料が市場価値を示すというのであれば、このウィンドウズ2000のおじさん達は極めて高い市場価値があることになります。
しかし、これは多くの人の考えに合わないはずです。
この人達は、単に「給料が高い」だけであって、転職市場価値という曖昧な概念を持ち出す必要はないのです。
3 転職できる可能性が市場価値?そんな概念必要?
ウィンドウズ2000のおじさん達は、「給料=市場価値」という考えが誤りであることを実証してくれました。
偉大なりWindows2000。
(1) 転職の際に市場価値なんて考える必要はない
転職市場価値の意味は「今転職しようとして、いくらで採用されるかという可能性が市場価値だ」という意見もありそうです。
潜在的な可能性をもって市場価値というわけです。
今年収500万円の人が、転職エージェントと相談して求人票を見ると450万円~550万円くらいの求人が多いと分かった。
そうすると、それくらいの金額が自分の転職市場価値となるのでしょうか。
そうした場合、「市場価値」なんていう面倒くさい用語を使う必要は全くありません。
550万円の求人があれば、その会社に採用してもらえれば550万円の給料が期待できるというだけであり、自分の転職市場価値がいくらかと考えるべき理由はないのです。
この年収500万円の人が、たまたまあった年収800万円のポジションで内定をもらったら一体どうなるというのでしょう。
市場価値を超えた転職でラッキー?
約500万円というありもしない「転職市場価値」を設定すれば、異常な幸運を掴んだといえるかもしれません。
しかし、そんなありもしない「市場価値」を基準として設定して何になるというのか。
市場価値なんて言い始めると「私は市場価値が高いんだ!なんでこの転職エージェントはその私の価値に合わない求人情報しか提供しないのか!」とか、「どうせ私は市場価値が低いんです。高い給料なんて無理ですよね」と言った、余計な基準を設定してあるべき姿を考えるようになります。
そんなかったるいことをするのは無駄です。
転職を考えているのであれば、市場価値がどうのこうのではなく今の職場と1件1件の求人を個別具体的に見るべきです。
転職したほうがいい!かどうかをロジカルに判断する【タイプ別診断】 では、転職すべきかどうかの判断方法を示しています。
「市場価値とは」と考えるのは、上から目線の低能転職エージェントにでも考えさせておけば十分です。
(2) 転職する気もない人に「市場価値」を気にせよという無駄に意識高い系の人
大手企業サラリーマンが会社ブランドを身にまとって偉そうにしていることをバカにして、「自分の市場価値をわかってない」というコメントがあります。
また、「転職する気がなくても、転職エージェントに面談したり、職務経歴書を準備するなどして自分の市場価値を確認しておいた方がいい」といかにもそれらしいコメントをする人もいます。
見事にスカスカな意見です。
幻想である市場価値を確認した方がいい、とドヤ顔で意見できるんだから相当面の皮が厚い人じゃないとできません。
自分が満足できる転職をしたから他人にも自分の偉大さをわからせるために、おせっかいにもアドバイスしているようです。
こういう人達が主張するのはこんなことです。
「大企業でもいつリストラがあるかわからない。常に自分の市場価値を確認しておくことは現代のリスクヘッジですね」
ツイッターを見てるとこんなのがよく流れてきます。
転職する気もない人に対して、転職エージェントに会えとか、市場価値を確認しろとか、とてもロクなアドバイスとは思えません。自分の価値観の押し付けです。
転職活動はちょっとだってするのは大変です。
現在の結婚生活に満足している既婚者に対して、「離婚に備えて結婚相談所に登録しておいた方がいいぞ」とアドバイスするようなものです。
仲良しカップルに対して「常に数人と浮気して、いつでも乗り換えられるようにしておいた方がいい。リスクヘッジだ」という助言は適切ですかね。
自分と他人とは、いる環境が全く違います。そして、考えてることも全く異なる。そうした外面と内面の違いもわからずに偉そうなアドバイスしてくる人は無視すべきです。
4 労働市場が年収を適切に調整する効率性を持っているとは思えない
「市場」といってあたかも給料がスキルに見合って広く労働者に提供されているかのような意見をするのは実情に見合っていません。
ミクロ経済学の重要な原理の一つは、「一物一価」の法則である。市場が十分に機能していて、なおかつ取引コストや輸送コストがそれほどかからなければ、同じ商品に2種類の違う価格がつくことはありえない。
(リチャード・セイラー『セイラー教授の行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2007年10月)60ページ)
こんないかにもそれらしい神の手的なものが発動されていると、知ったかぶりジョブホッパーや転職エージェントは思い込んでいるのかもしれません。
しかし、労働市場は、株式市場のように効率的にはなりえません。
株式市場なら、企業の業績や見込み、良いニュース悪いニュースが判断材料になって日々株価が小刻みに変動し、本来的価値の周辺を行ったり来たりするといえるかもしれません。
これは、頻繁な株式の売買がなされることで成り立っています。
労働市場ではそんなことはありません。
従業員はそんなすぐに辞めません。
従業員を簡単にクビにできません。
流動性は株式市場に比べて圧倒的に低いのです。
行動経済学者のセイラ―教授もこう言っています。
労働市場においては「一物一価」の法則は損なわれているかもしれない。……企業の募集広告は、秘書やデータ入力係、はては「電話によるセールス」といった、よく似通っていると思われる職種なのに、ずいぶん差のある給料額を広告している。
(リチャード・セイラー『セイラー教授の行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2007年10月)60ページ)
労働市場では、市場が十分に機能していなために、賃金格差が生じているのです。
市場がないのに「市場価値」を論ずるのはおかしい。
コーネル大学MBAコースを卒業する私の学生たちも、同一都市のいくつかの企業から、相当な差がある給料で就職案内を受け取ることがよくある。最近卒業したある学生は、似たような金融関係の仕事でニューヨークの2社から採用の通知があったが、年俸で4万5000ドルもの差があったそうだ。このように大きな格差は、「同一職種同一賃金」の法則に明らかに反している。
さらにもっとよく調べてみると、これは一般的な事実であることがわかる。おそらく同一の労働内一容だろうと思われても、ある種の産業ではほかより高い給料が支払われていることがある。このような産業間の賃金格差は、さまざまな職種の違いを超え、また時代を超えて当てはまる(ある産業である職種が高給ならば、他の職種もすべてそうなる傾向がある)。
(リチャード・セイラー『セイラー教授の行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2007年10月)61ページ)
なぜ賃金格差があるのか、はいくつか根拠が紹介されていますが、本記事では触れません。
本記事で問題にしているのは、労働者の「市場価値」という用語は根拠が薄弱であり、偉そうに使う用語ではないということです。
5 「市場価値」というマジックワードにとらわれるな
年収を上げたいなら「転職市場価値を高めたい」なんていうまどろっこしいことを言わずに、年収を上げるにはどうしたらいいか考えるべきです。
会社員で給料を増やそうと思うなら、今の会社で出世するか転職するかどちらかを検討すればいいのです。
その際に「市場価値」なんていう意味不明な用語を使う必要はありません。
私自身、過去転職エージェントに「市場価値を高めたい」と相談したことがあります。これはよくない相談の仕方でした。抽象的すぎです。
また、市場価値の解釈も転職エージェントと違います。「あなたの市場価値の定義は何ですか?」という面倒なやりとりをする人もあまりいません。
相談していて、お互いに転職市場価値とは何か共通理解もないままに話しが進む危険性をはらんでいます。
そんな砂上の楼閣議論をしても時間の無駄です。
「次の転職で高い給料がほしい」
「次の転職で高い給料はいらない。5年後に高い給料をもらいたい。」
これくらいの言い方をすれば十分です。
そして、今の職場に満足で、転職する気がないなら、転職のことを考えなくても問題ないです。考えないで今の仕事に集中すべきです。
自分の有限の時間と集中力は、大切なことに投入すべきです。
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