仕事で誰かを成長させたいなら、褒めるか、けなすか、どちらの方が効果があるのか?
褒めた方がいい。それが脳の働きにあっています。
「誰か」は自分自身も含まれます。
そのため、自分が成長したいと考えるなら、自分で自分を褒め、自分に期待すべきです。
また、自分を評価してくれる上司、コーチ役のもとで仕事したり学ぶ方がいい。
なぜ褒められると優秀になれるのか?
鍵は学習です。
高い評価が自ら学んで修正する優秀な学習者を生み出します。
1 高い評価の言葉をかけるだけで成績が良くなる
他人を賢くするのは簡単です。
高い評価の言葉をかけるだけでいい。
ある認知神経科学者は、大学生を被験者として認知テストを行いました。
そのテストで簡単かつ明快な結果が出ています。
大学生は以下AとBの2種類の言葉をかけられます。
A:「賢い」「知的」「利口」といった言葉をかけられる。
B:「頭が悪い」「愚か」「ばか」といった言葉をかけられる。
こうした言葉をかけられた後、認知テストを受けさせました。
認知テストの結果は、Aのような「賢い」系の言葉をかけられた後の方が成績がよかった。
認知神経科学者のサラ・ベングトソン博士は、大学生たちに、「賢い」「知的」「利口」といった言葉や、「頭が悪い」「愚か」「ばか」といった言葉をかけることで、認知タスクの成績に影響を及ぼせるかどうか知ろうとした。被験者に「賢い」とか「愚か」といった言葉をかけたあと、種々の認知テストを受けさせたのだ。すると生徒は、「愚か」という言葉を与えられたときより「賢い」という言葉をかけられたあとのほうが成績が良くなることがわかった[1]。
ターリ・シャーロット『脳は楽観的に考える』(柏書房、2013年7月)79ページ
[1] Sara L. Bengtsson, Hakwan C. Lau, and Richard E. Passingham, “Motivation to Do Well Enhances Responses to Errors and Self Monitoring.” Cerebral Cortex 19, no.4(2009): 797-804.
Motivation to do Well Enhances Responses to Errors and Self-Monitoring | Cerebral Cortex | Oxford Academic (oup.com)
この実験結果を普段の生活に使うなら。
何かテストの前に「君は賢い」と肯定的な声をかけてあげればいい。
仕事で「君の仕事ぶりは見事だ」というとか、勉強の試験前に「君は利口だ」と言う。
この実験結果のいいところは、シンプルでかつ簡単に使えるところです。
細かい条件は不要です。
実際にその人が賢いかどうかは関係ありません。単に高評価の言葉を投げかけるだけでいい。
ベングトソンは、人々が自分のタスクの成果に対して抱く期待に、彼らの真の能力とは無関係の情報を与えるだけで、影響を及ぼすことができた。無関係の情報でも、人々の自分自身に対する期待を無意識に調整し、彼らの成績に変化をもたらしたのである。
同上
この実験結果は使える。
ぜひ積極的に使いましょう。
部下に、後輩に、子供に、そして自分にも。
2 「賢い」という高い評価が効果的な理由ー自発的な学習を促すから
「賢い」という言葉をかけると、その声をかけられた人の成績は上がる。
気になるのはその理由、メカニズムです。
なぜその人が実際に賢くなくても、賢いと声をかけると成績が良くなるのか?
先に結論を言うと、賢いといった高い評価をかけると、その人の内的な学習を促進するからです。
特に重要なのが、「賢い」と言われた後にミスをした場合です。これが差を分けるポイント。
ベングトソンのデータが明らかにしたのは、被験者が自分でミスをしたと知ったとき、その前に「賢い」と「愚か」のどちらの言葉をかけられたかによって、脳の反応が異なるという事実だった。「賢い」と言われたあとにミスをすると、内側前頭前皮質に活動の高まりが見られた。この活動の高まりは、正しい答えを出したあとには見られず、事前に「愚か」と言われていた場合も見られなかった。
ターリ・シャーロット『脳は楽観的に考える』(柏書房、2013年7月)81ページ
ポイントは以下2つ目のパターンです。
- 「賢い」と言われた後に、正解する。⇒脳は活性化しない。
- 「賢い」と言われた後に、ミスする。⇒脳が活性化する。
- 「愚か」と言われた後に、正解する。⇒脳は活性化しない。
- 「愚か」と言われた後に、ミスする。⇒脳は活性化しない。
なぜこのような活性化が生じるのか?
どのようなメカニズムが働くのでしょうか。
(1) 高い評価の言葉をかけられた場合の学習メカニズム
高い評価の言葉をかけられ、その後ミスした場合、以下のような流れで学習が促されます。
①「賢い」と言われる。
▼
②「私はよい成績を取る」と自分で自分に期待する。
▼
③テストを受ける。
▼
④間違える。
▼
⑤期待(私は賢い)と結果(間違えた)が一致していない。
▼
⑥脳の前頭葉が、期待と結果のミスマッチについて警告を発する。「何かおかしいぞ」と。
▼
⑦前頭葉の警告を受けて「どこがおかしかったのか」が気になる。
▼
⑧ミスマッチ(できるはずなのに間違えた)を解消しようとする。
▼
⑨次回にできるようになる。
ベングトソンの研究では、「賢い」という言葉をかけられたあと、被験者は良い成績を収めることを期待した。ところが答えを間違えた場合、結果は期待と一致していない。結果(間違い)が期待したもの(良い成績)に反すると、前頭葉でミスマッチのシグナルが生じる。脳は、期待するものが得られないと、何がうまくいかなかったのかを懸命に知ろうとする。前頭葉のシグナルは、注意を引き、「ほらほら、ここのところがおかしいよ」と教えてくれていたのかもしれない。このシグナルの重要性は、学習をうながす点にある。間違いからの学習は、私たちの行動を最適な機能へと仕向けるために欠かせず、間違いへの注意力を高めると、次の試行の際により良い成績を収められるようになる。
ターリ・シャーロット『脳は楽観的に考える』(柏書房、2013年7月)83ページ
賢いという言葉をかけられた後に、正解した場合は、期待と結果に相違がないので、特に学習促進効果はないようです。
失敗が学習には重要であるということがわかります。
(2) 低い評価の言葉をかけられた場合の学習メカニズム
では低い評価がかけられた場合はどうか。
その場合、テストで間違えても期待と結果に違いが生じないため、学習を促す効果はありません。
「どうせ私はバカですよ」と思って終わりです。
被験者に「愚か」という言葉をかけていると、答えを間違えたあとも前頭葉の活動が高まらない。被験者は、悪い成績を収めることを自分で期待してしまったので、驚きや葛藤の徴候を示さなかったのだ。脳内で「ほらほら、答えがおかしいよ」というシグナルがないと、被験者は自分の間違いによって学習することができないため、その後改善しにくかった。間違いを期待したから自分の間違いをすんなり受け入れてしまい、行動を改めたり良い成績を収めようとしたりしなかったのである。
同上84ページ
この学習効果促進だけを考えると、漫画「ドラゴン桜」に出てくる「バカとブスは東大に行け!」と言うセリフは効果が低いといえます。
「お前らも東大の問題を解ける素養はあるんだ。だが、環境がそれを制限しているだけだ」とかなんとかそれっぽいことを生徒に言ってあげた方がよい。
勉強する際には「私は頭が良くないから」というのではなく、自分の学習能力を褒めてあげるべきです。
3 仕事・キャリアでも適切に高い期待・評価が役に立つ
褒め言葉や高い評価の言葉は、学習を促し、長期的な計画達成に役に立ちます。
一般に、私たちの前頭葉は、自分で定めた目標を達成する計画や行為に手を貸す。
ターリ・シャーロット『脳は楽観的に考える』(柏書房、2013年7月)83ページ
高い評価を得ている人の方が、長期的な目標達成ルートから外れる際に、「これはなんかおかしいぞ」と気づき、軌道修正ができるようになる。
「君の仕事には改善点がある。この仕事で見返してみろ」といった評価の言葉をかけられた部下は、「はいはい。どうせ私は無能ですよ」となって計画達成に注意を支払わない。
よい結果をもたらしたいなら、肯定的な言葉を投げかけるべきです。
努力目標へ向けての進歩は、私たちの行動と期待を照らし合わせることによって確かめられる。自分で決めた道からそれた場合、行動が期待とあまりそろわないときには、自分を道へ引き戻すための思考や行為がすぐに生まれる。昇進を期待しているのに何年も同じ地位でくすぶっていて何の変化も見えないと、いったい何がいけないのだろうと考えをめぐらすのではないか。そうして私たちは、自分の行動を見直し、所望の結果へ導きうる行為を新たに見つけ出す。ひょっとしたら、働く時間を増やしたり、もっと役割を求めたりしようとするかもしれない。いずれは、そうした行為が期待どおりの昇進へと導いてくれる可能性があるのだ。
同上・84ページ
人は適切な期待を得ることで成功を収めやすくなります。
スタンフォード大学の心理学教授、アルバート・バンデューラは、数々の重要な研究論文において、人は成功を期待する必要があると説いた。特に、ある活動をやりとげられるとわかっていると、その活動にはるかに身が入ることにバンデューラは気づいた。
アーリック・ボーザー『Learn Better 頭の使い方が変わり、学びが深まる6つのステップ』(英知出版、2018年7月)123ページ
このような限られた特定のタスクをやりとげられる、これからやろうとしていることで良い成果を達成できるという信念を核とする概念を「自己効力感」といいます。
これが成功の鍵となります。
期待することで自己効力感を高めるのが良いのです。
成功への期待はさまざまなメリットをもたらす。あるタスクをやりとげられると信じていれば、努力を注ぎやすい。自己効力感が大きいほど、目標を達成し、結果に満足する確率も高まる。自己効力感が集中力に火をつける点も重要だ。目標にいっそう意識を絞り込み、気を散らすものにもうまく対処できるようになる。
同上
反対に、期待されないとどうなるか。
「それが普通だ」と脳は認識し、特に変わろうともしなくなる。
一方、昇進を期待していないと、私たちはいつもの仕事を変わらずつづけるだろう。昇進がなくても驚かないし、昇進していないことに気づきもしない。脳は予想どおりの情報を受け取るので、前頭葉で間違いにかかわるシグナルが生じて行動を変えるようなことがない。私たちは変化を求めないし、なし遂げもしないのだ。
ターリ・シャーロット『脳は楽観的に考える』(柏書房、2013年7月) 85ページ
また、自己効力感が乏しいと学ぶ力も弱くなります。
人は学習するとき、「自分は十分にやれているか」、「失敗するのではないか」、「間違っていたらどうしよう」、「もっと他にやるべきことがあるのではないか」など、つきまとってくるさまざまな感情への対抗手段を必要とするという。バンデューラによれば、こうした思考や情動は知識習得能力をたちまち奪う。短期記憶の妨げになるからだ。なかにはありがちな感情もあるとはいえ、多すぎれば「ものの見事に足をすくわれる」。
アーリック・ボーザー『Learn Better 頭の使い方が変わり、学びが深まる6つのステップ』(英知出版、2018年7月)124ページ
仕事について「うまくできないのではないか」と思うと、「こうした思考や情動は知識習得能力をたちまち奪う」のです。自分に過度の不安を与えてはいけません。
また、このような脳の学習メカニズムからして、ダメ出しばかりする上司は無能というのは事実といえそうです。否定的な評価は、部下の学習や目標達成を阻害してしまうのです。
4 誰しも承認されたい
アメリカのブッシュ政権時代の国務長官であるパウエルさんは、他人からの承認が必須不可欠だと説いています。
人はパンと水のみで生きるわけではない。食べ物と同じくらい、他人の役に立っているという実感や他人からの承認が必要なのだ。
コリン・パウエル=トニー・コルツ『リーダーを目指す人の心得』(飛鳥新社、2012年10月)37ページ
「君はみんなの役に立っている」と伝えることが重要です。
どう伝えたらいいのか、心にも思っていないことを言ったり、ぶっきらぼうに伝えたらいけません。
パウエルさんのアドバイスはこうです。
なにかうまくいったとき、その功績は、組織の底辺にいたるまで全体のものとしなければならない。自分がいたからうまくいったのだと、関係者全員が思うようにするのだ。実際、そのとおりなのだから。表彰する、お祝いの電話をかける、メモを送る、背中をたたく、にっこり笑いかける、昇格させるなど、さまざまな方法で皆に功績を実感させよう。
……大切なのは気持ちを表す行動だ。勲章やストックオプション、昇進、ボーナス、昇給なども悪くない。だが、直接触れなければ部下の心を動かすことはできない。電子メールをばらまくようなやり方ではなく、優しい一言をかける、背中をぽんとたたく、「よくやった」とほめるといったことを一対一でしなければならない。部下の夢や願望、不安、恐怖に訴えるものなのだから。部下は皆、ベストを尽くしたいと考えている。部下がベストを尽くせたとき、リーダーはその旨、部下に教えてやらなければならないのだ。
同上・37-39ページ
これはとりわけ組織のリーダーに対してよくあてはまる助言です。
5 まとめ:褒め言葉を効果的に使え
勉強ができるようになりたい、仕事で目標を達成させたい、といった前向きな成長を効果的にする言葉は、肯定的な褒め言葉です。
他人に、自分に適度な期待をかけて高い評価を与えましょう。
注意すべきは、適度であることです。
見え透いた嘘だと効果はないはずです。
よく考えずに他人や自分を低く評価することは、評価を受けた人がより望ましい学習をする機会を奪ってしまいます。
残念ながら、これは学校や職場、家庭で多く起きている事態だと思われます。
なんとなく他人・自分が気に入らないからダメ出しをしてしまう。
気軽にダメ出しをするのではなく、褒めてあげましょう。
褒め方や肯定的なフィードバックは、以下記事の「ダメ出しではなくよい所に焦点を当てる」を参考にされるとよいと思います。
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